ヘルメットを脱ぐと、白髪混じりの髪が汗で張り付く。この仕事を始めてもう30年以上か。気がつけば、俺もすっかりベテランの域だ。 排気音を響かせながら、東京の街を無我夢中で駆け抜けてきたが、ふと振り返るとバイク便を取り巻く景色はガラリと変わった。
時代の波と、変わる現場
一番変わったのは、やっぱり「運ぶもの」だ。 昔はそれこそ、入稿間際の分厚いデザインカンプ、ビデオテープ、現像前のフィルム、役所に引っ張る契約書なんかが主流だった。バッグがはち切れんばかりの重い荷物を背負って走ったもんだ。それが今や、書類のほとんどがデータ化され、運ぶものといえば重要機密のハードディスクや、絶対に代えがきかない現物の試作品、精密電子部品ばかり。荷物は軽くなったが、別の意味で肩にかかる責任の重さは増している。
それに伴って、「お客さんの態度」もスマートになった。 昭和の終わりから平成のバブル期なんて、事務所に飛び込むと「頼む、これに会社の命がかかってるんだ!」なんて、映画さながらの熱量で書類を託された。今のお客さんはどこか淡々としていて、ビジネスライクだ。でも、電子化が進んだこの令和にあえてバイク便を使うってことは、裏を返せば「本当に切羽詰まった大ピンチ」ってことでもある。言葉は静かでも、差し出される荷物からは相変わらず切迫感が伝わってくる。
仲間たちと、牙をむく気候
「ライダー仲間」の雰囲気も様変わりした。 昔のたまり場は、どこかアウトローな匂いのする熱い奴らばかり。地図帳(通称:青マップ)をボロボロになるまで読み込んで、どこの裏道が早いかでいつも張り合っていた。今はみんな物静かで、スマホのナビを使いこなすクレバーな若者が増えた。ただ、昔みたいに缶コーヒー片手に「あそこの交差点の取締りは〜」なんてダラダラ駄編を組む熱い一体感は、少し恋しくもある。
そして、肉体的に一番キツい変化は「気候の変化」だ。 昔の夏も暑かったが、今の夏はもはや「危険」の域。アスファルトの照り返しは殺人的で、ゲリラ豪雨なんてバケツをひっくり返したような嵐が突発的に襲ってくる。冬の寒さも、なんだか極端だ。バイクの進化やウエアの性能向上には助けられているが、地球温暖化の波は、確実に俺たちの体力を削りにきている。
変わらない、ただ一つの「衝動」
運ぶものがデータに代わろうが、仲間がスマホ世代になろうが、異常気象に悲鳴を上げようが、昔も今もこれだけは絶対に変わらないものがある。
それは、「一刻も早く、確実に届けたい」というライダーの純粋な気持ちだ。
伝票を受け取り、エンジンを始動させた瞬間にスイッチが入る。信号待ちの焦燥感、渋滞の隙間を安全にすり抜ける集中力、そして無事に届け終えて「助かったよ、ありがとう」と言われた瞬間のあの安堵感。
このアドレナリンがあるから、俺は今も、このハンドルを握り続けている。
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