冷たい雨が降る都心の夕暮れ。バイク便ライダーの拓海は、ヘルメットのシールドを滴る雨粒を拭いながら、ビルからビルへと愛車を走らせていた。
「時間との戦い」が日常のバイク便は、時に効率一辺倒の無機質な仕事に思われがちだ。しかし、拓海はその一瞬の「手渡し」にある体温を大切にしていた。
その日の最後の依頼は、ある老婦人からのものだった。指定された下町の平屋へ向かうと、玄関先で小さな紙袋を抱えた上品な女性が待っていた。「急に孫が熱を出しましてね。これをどうしても今夜中に届けたいんです」。差し出された袋には、手編みらしき小さなマフラーが入っていた。
「お任せください。大切にお届けします」
拓海は雨に濡れないよう、持参した防水シートで丁寧に袋を包み、自身のリアボックスの最も安全な位置に固定した。ただ荷物を運ぶのではない。そこにある「想い」を運ぶのだと、彼の胸にバイク便の誇りが宿る。
夜8時、指定されたマンションに到着した。ドアを開けたのは、看病で疲れ切った様子の若い母親だった。拓海が「おばあさまからのお届け物です」と、一滴の水濡れもない紙袋を恭しく手渡すと、母親の表情が一気に和らいだ。袋から出てきた温もりあるマフラーを愛おしそうに見つめ、「雨の中、こんなに早く……本当にありがとうございました」と、深く頭を下げた。
帰り道、雨はすっかり上がっていた。ヘルメットの中で、拓海はふと微笑む。
バイク便は、単なるスピードの象徴ではない。人と人の心の距離を縮め、届かないはずの温かさを最速で繋ぐ架け橋なのだ。夜風を切りながら走る拓海の背中は、どこか誇らしげで、誰よりも温かかった。
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